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2011年6月27日 (月)

レッド・ツェッペリン:ホワイト・サマー、ブラック・マウンテン・サイド~カシミール

1979年ネブワース、レッド・ツェッペリン・ライヴでのジミー・ペイジ レッド・ツェッペリンのブートレッグの中で、一番カッコいいナンバーは「ホワイト・サマー」「ブラック・マウンテン・サイド」から「カシミール」に入る演奏だった。特に「カシミール」に入るところは、おお~っ!てな感じだった。ブートレッグのタイトルははっきりと覚えていないが、1979年ネブワースのライヴではないかと思える。

ゴナ・リーヴ・ユー」の記事でも触れたが、「ブラック・マウンテン・サイド」はバート・ヤンシュの「Blackwater Side」が原曲であり、「ホワイト・サマー」はデイヴィ・グレアムの「She Moved Through the Fair」が原曲だ。原曲があったとしても、「ホワイト・サマー」と「ブラック・マウンテン・サイド」が色あせないのは、ジミー・ペイジギタープレイによるのだろう。また見落としてはならないのは、DADGADチューニングを広めたことだろう。

ジミー・ペイジオープン・チューニング(変則チューニングともいわれる)の中で、最も有名なのがDADGADチューニング。これはCIA(Celtic, Indian & Arabic)チューニングとも言うが、ジミー・ペイジはこう語る。

「あれがぼく流のCIAさ。ケルトインドアラブの融合っていうね。あのギターは、スタンダードなインドのシタールにすごく似せたチューニングがしてあるんだ。とは言ってもゴタマゼであることに変わりはなくて、インドっぽいところもあれば、アラブっぽいところもあったりする。で、最終的に出来上がった曲は、そういう組み合わせというか、融合のさせ具合が、やっぱり西洋音楽ぽくなっちゃうんだな」

カシミール」の歌詞は、ロバート・プラントがモロッコ南部のサハラ砂漠をドライブしていたときに書かれたもので、「見失った故郷を求めての放浪」をテーマにしており、現実のカシミールがイメージの源泉になったわけではない。ロバート・プラントは言う。

「あの道が、とにかく延々と続いてるってところから、全部の歌詞が浮かんできた。砂漠を縦断する、一車線の道路だった。西にも東にも、2マイルほど向こうには砂岩の山並みが連なっている。すごく荒れ果てた道でね、だんだんと川の底を走っているような気分になってくるんだ。しかも、いつまでたっても終わらなくて……『太陽がぼくの顔を打ちつけ、星々がぼくの夢を満たす』――この歌詞はぼくのお気に入りのひとつ。それに“イン・ザ・ライト”とあと2, 3曲ほど、ほんとにいいと思える歌詞がある。でもカシミールは極めつけだ。すごくポジティヴな歌詞だと思うし」

後に、ロバート・プラントは「カシミール」をThe Pride of Led Zeppelin (レッド・ツェッペリンの誇り)”と呼んでいる。ジョン・ポール・ジョーンズは、「すべてが揃っている。このバンドに欠かせない要素のすべてが」と言う。

解散後3人のメンバーが口をそろえて言うように、この「カシミール」こそ、まさにレッド・ツェッペリンの精髄と言えよう。


Led Zeppelin : White Summer / Black Mountain SideKnebworth 1979


Led Zeppelin : KashmirKnebworth 1979



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2011年4月 3日 (日)

レッド・ツェッペリン:ゴナ・リーヴ・ユー (Babe I'm Gonna Leave You)

レッド・ツェッペリン I (Led Zeppelin) レッド・ツェッペリンファースト・アルバムに収録されているアコースティックナンバー「ゴナ・リーヴ・ユー」。この原曲は、ジョーン・バエズIn Concert 1』のファーストトラックにある「Babe, I'm Gonna Leave You」だ。

僕はジョーン・バエズのヴァージョンでこの曲を知った。マリアンヌ・フェイスフルの後ろで隠れるようにしてギターを弾いてた時代に、よくやった曲なんだ」と言うのは、ジミー・ペイジ。まずはジョーン・バエズの曲を(…ジミー・ペイジとジョーン・バエズって、同じ誕生日だったんですね)。

レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin) レッド・ツェッペリンファースト・アルバムは、スカンディナヴィア・ツアーで練り上げられた後、わずか9日間、36時間のスタジオ・ワークで完成した。曲を見ると、ウィリー・ディクスンの曲である「You Shook Me」「I Can't Quit You Baby」は言うに及ばず、「ブラック・マウンテン・サイド」はバート・ヤンシュの「Blackwater Side」が原曲だし、「ハウ・メニー・モア・タイムズ」にはハウリン・ウルフの「How Many More Years」、アルバート・キングの「The Hunter」が挿入されている。それは、ファースト・アルバムがセッションからできたアルバムであることを示しているのだろう(ちなみに「幻惑されて」はジェイク・ホルムズの「Dazed and Confused」が原曲ではなく、ブリテッシュ・トラッドから来ていることがわかっている)。

レッド・ツェッペリンの「ゴナ・リーヴ・ユー」は、ジョーン・バエズの原曲をダイナミックに昇華する。特に際立つのは、ロバート・プラントの歌唱力だ。ロバート・プラントはアウトテイク・ヴァージョンで非常にパワフルに臨んでいるが、ジミー・ペイジは陰陽のあるダイナミクスを求め、今のヴァージョンになったようだ。

レッド・ツェッペリンに原曲があったからといって、このアルバムが色あせることは決してない。「死にかけて」などにも見られるように、ツェッペリン流の昇華のパワーが素晴らしいからだ。それがツェッペリンのツェッペリンたるゆえんかもしれない。


Led Zeppelin : Babe I'm Gonna Leave You



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2011年2月27日 (日)

スティーヴィー・ニックス:リアノン(Rhiannon)

フリートウッド・マック(Fleetwood Mac):噂(Rumours) スティーヴィー・ニックスの代表曲として思い出すのが「リアノンRhiannon」。フリートウッド・マックの『ファンタスティック・マック』に収録されている曲だ。

1977年はフリートウッド・マックの年と言えたのではないだろうか。アルバム『Rumours』が31週間に渡って全米1位に輝き、1000万枚といわれる史上空前のセールスを記録。「リアノン」が収録された『ファンタスティック・マックFleetwood Mac』も76年に全米1位となっている。

スティーヴィー・ニックス(Stevie Nicks) このフリートウッド・マックの大ブレイクは、絶対にスティーヴィー・ニックスなしにはあり得なかっただろう。スティーヴィー・ニックスは、まさに“コケティッシュ”という言葉がぴったりだ。あの蠱惑的なハスキーな歌声に多くの男が魅了されたことは想像に難くない・・・って、やけに俗っぽい表現だな、おい。その魔力的な魅惑が十二分に発揮された曲に、この「リアノン」があると思う。

・・・ここで「リアノン」は『ファンタスティック・マック』に入っているはずなのに、なんでトップの画像が『』なんだと思う方がいるかもしれないが、それは簡単! スティーヴィー・ニックスが写っているからなのだ(笑

ところで「リアノン」だ。リアノンは、ウェールズの神話では馬の女神として知られている。リアノンはウサギに変身するとも言われていて、ウサギから「月の女神」と関連する。リアノンの肩にとまる三羽の鳥のさえずりは美しく、すべての苦しみや悲しみがリアノンと三羽の鳥によって癒される・・・なんて書くと、「私はただTriadという本に出てきた“リアノン”という名前にヒントを得て、曲を書いただけよ」というスティーヴィー・ニックスの突っ込みが入ることになっている(笑

もっともスティーヴィー・ニックスは、この本の人物について曲を書いたのではなく、超自然的存在として「リアノン」を書いたという。そのためか、この歌のリアノンと神話上のリアノンは、スティーヴィー・ニックスによって重層化して歌われる。

  いまだかつて見たことはないはず
  風に乗った女の人なんて
  彼女が天国を約束したらあなたはとどまるかしら
  あなたは勝ち取ることができるかしら…


Fleetwood Mac : Rhiannon (Midnight Special 1976)

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2011年2月 1日 (火)

レッド・ツェッペリンの1971年広島チャリティーコンサートをもう一度!

レッド・ツェッペリンの広島「愛と平和チャリティー・コンサート」は1971年9月27日に行われた レッド・ツェッペリンの広島「愛と平和チャリティー・コンサート」が行われたのは、1971年9月27日のこと当時の金額にして約700万円の売上金を広島市役所を通して原爆被災者に寄付している

9月27日の午後、広島市役所を訪れたレッド・ツェッペリンのメンバーは、山田節男広島市長に被爆者援護資金として約700万円寄贈の目録を手渡し、感謝状と広島名誉市民章のメダルが授与された。

Plat du jour~今日の一品♪」「新・新・優しい雷」のブログを参考に、当時の記事・様子を再現してみる。

レッド・ツェッペリンに山田節男広島市長から感謝状が贈られた 広島市役所でのレッド・ツェッペリン

レッド・ツェッペリンさんポンと700万
広島公演の全収益を被爆者の援護資金に

 来日中のイギリスのロック・グループ「レッド・ツェッペリン」のジミー・ペイジさん(二六)ら一行七人が二十七日午後、広島市役所を訪れ、山田市長に被爆者援護資金として約七百万円寄贈の目録を手渡した。
 同夜、市内基町の県立体育館で開かれた同グループの愛と平和・チャリティー・コンサートに先立って、同コンサートの売り上げ金をそっくり贈りたいと申し出た
 市長公室での贈呈式に臨んだペイジさんらは「戦争を知らない私たちの心の中にも人類が原爆を落としたことへの恥ずかしさがある」などと寄付の動機を話していた。
 これに対して山田市長は「被爆者援護に理解を寄せてもらい深く感謝する」と述べ、感謝状や原爆ドームを浮き彫りにした銅メダルを贈った。
 「レッド・ツェッペリン」は一昨年七月に結成、アメリカをはじめ世界各地で人気のあるロック・グループ。メンバーはギター奏者のペイジさんを中心に四人。広島公演はグループの特別の要望で実現した。

ものすごい熱気 5千人のヤング総立ち
レッド・ツェッペリン広島公演

 広島の若者達にもロックは無縁ではなかった―。
 イギリスのロック・グループレッド・ツェッペリンが公演した27日夜の広島県立体育館。押しかけた5千人のヤングたちは、一斉に立ちあがりからだでリズムをとり、手拍子を打ち、舞台の演奏者と一つになって熱狂した。すさまじい熱気と騒音はコンサートというより集会のふんいきズバリだった。

英語が堪能な山田節男広島市長と談笑するレッド・ツェッペリンのメンバー 英語が堪能な山田節男広島市長と談笑するレッド・ツェッペリンのメンバー 広島名誉市民章のメダルを手にするジミー・ペイジ

山陽新幹線が開通する前の当時、東京から広島へは5時間以上かかる道のりだった。日本ツアーの合間を縫う、その強行日程だけでも彼らの真摯な気持ちが伝わってくる。

この広島チャリティーコンサートを思いついたのは、ロバート・プラントではないかと言われる。ロバートは、広島市役所を訪れる日の朝、ジョン・ポール・ジョーンズを連れ立ってホテルを抜け出し、原爆ドームと平和公園へ足を運んだほどだ(ジミー・ペイジも同行)。

原爆の実際の爪あとを目の当たりにし、「二十数万の人が一瞬にして死を迎えた事実、そして今もなお多くの人々が後遺症で苦しんでいることを実感としてズシンと味わった」と語ったロバート・プラントジョン・ポール・ジョーンズは感想を聞かれ、「何も言葉がありません」と一言。ジミー・ペイジは目に涙を浮かべて、「二度と戦争を起こしてはならない」と語ったという。

広島市役所に向かうロバート・プラント ロバート・プラントは次のメッセージを残している。

僕たちが生まれたとき、すでに原爆は落とされていました。しかし、誰が悪いということではなく、それはすでに起こってしまったことであり、私たちと同じ人間の仲間が起こしたたことです。私たちには罪はないけれど、私たち仲間の“過去”がやったことで、そのことに対して、やはり申し訳なさを感じます。そして、少しでも自分たちが、苦しんでいる人たちの助けになればと考えたのです。

音楽は人々に平和と楽しさを与えるものです。その音楽をやっている僕たちが、少しでも力になれるなら、実に光栄だと思います。

昨年12月、BBCで二重被爆者に対して聞くに堪えないジョークを発する心ない番組があったが、このロバート・プラントの声に少しでも耳を傾けてほしいものだ。

レッド・ツェッペリン・広島「愛と平和チャリティー・コンサート」のライブ レッド・ツェッペリン・広島「愛と平和チャリティー・コンサート」のポスター

広島チャリティーコンサートで演奏された曲は次のようになっている。

  1. 移民の歌Immigrant Song
  2. ハートブレイカーHeartbreaker
  3. 貴方を愛しつづけてSince I've Been Loving You
  4. ブラック・ドッグBlack Dog
  5. 幻惑されてDazed and Confused
  6. 天国への階段Stairway to Heaven
  7. 祭典の日Celebration Day
  8. ザッツ・ザ・ウェイThat's the Way
  9. カリフォルニアGoing to California
  10. タンジェリンTangerine
  11. 強き二人の愛What Is and What Should Never Be
  12. モビー・ディックMoby Dick
  13. 胸いっぱいの愛をWhole Lotta Love (medley incl. Let That Boy Boogie, Be-Bop-a-LuLa)
  14. コミュニケーション・ブレイクダウンCommunication Breakdown)〈アンコール〉

天国への階段」が早々とコンサートで披露されたこの日本ツアー。それだけでも注目に値するが、本当に素晴らしいセットリストだ。

それではアンコールの「コミュニケーション・ブレイクダウン」を。興奮のあまり前に押し寄せた聴衆を、ロバートが演奏を中断してなだめ、さらに途中から演奏を再開するという伝説のテイクだ。


Led Zeppelin【愛と平和の祭典】1971年広島チャリティー公演


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2010年10月29日 (金)

ハワード・ジョーンズ:ニュー・ソング(New Song)

ハワード・ジョーンズ:ニュー・ソング(New Song) ハワード・ジョーンズHoward Jonesの「ニュー・ソングNew Song」はいい歌だ。「ニュー・ソング」がピーター・ガブリエルの「ソルスベリー・ヒルSolsbury Hill」の盗作ではないか、という話が持ち上がったとき、ピーター・ガブリエルが「いい曲じゃないか」と言って、「ニュー・ソング」を認めたため、ハワード・ジョーンズの株が上がったのは結構有名な話。1983年のことだが、著作権ばかり主張する輩はガブリエルくんの太っ腹を見習ってほしいものですな。。。

ハワード・ジョーンズのライブは1人でシンセサイザーを演奏するスタイルであり、当時は斬新なものだった。その後バンド編成になり、日本公演の様子はテレビでも放送されたが、結構楽しく聴いた記憶がある。アルバム『ヒューマンズ・リブHumans Lib』『ドリーム・イントゥ・アクションDream Into Action』、シングル「ホワット・イズ・ラブWhat Is Love?」「オンリー・ゲット・ベターThings Can Only Get Better」「悲しき願いNo One Is To Blame」などのヒットがあり、今聴いても曲の良さは失われていない。やはりハワード・ジョーンズ“ニュー・ソング”だったのだろう。


Howard Jones : New Song

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2010年10月24日 (日)

ニック・カーショウ:ザ・リドル(The Riddle)

ニック・カーショウ(Nik Kershaw) : リドル(The Riddle) ニック・カーショウNik Kershawの「ザ・リドルThe Riddle」は、メロディやビデオクリップは覚えているが、歌手名が思い浮かばないという、まさに“謎”の曲だ。「リドル・・・あったなあ。こういうメロディで、こういうPVで・・・あれ、歌ってたのだれだっけ?」てな感じ。

ニック・カーショウは、1983年にシングル「アイ・ウォント・レット・ザ・サン・ゴー・ダウン」でデビュー。その後、「恋はせつなく(Wouldn't It Be Good)」「ダンシング・ガールズ」「ヒューマン・レーシング」「ザ・リドル」「ワイド・ボーイ」「ドン・キホーテ」と、ヒット曲を連発。ハワード・ジョーンズポール・ヤングとともに、80年代ブリティッシュ・ポップ若手御三家として、ポップ・アイドルとして扱われる。しかし、アイドル人気に疲れ果てたニックは、アイドル・イメージからの脱皮を計ろうと試行錯誤し、ヒット曲からは見放されていく。

1984年の「ザ・リドル」は、何でもアルバム・リリース直前になって、レコード会社側からシングルになるような曲がないと言われ、その場で適当にすぐ書き上げた曲とのこと。即興で書かれたにしては、トラッド調のそのメロディは印象的で、ニック・カーショウの才能をうかがわせるに十分だ。小泉今日子が「木枯らしに抱かれて」で、この曲をパクったことはあまりにも有名。

ザ・リドル」のビデオクリップは、タイトルどおりまさに“謎”。「真夏の夜の夢」やアリスの伝統がある国だけあって、こうしたファンタジーを作らせたら抜群! まさに絶品だ。この「ザ・リドル」のビデオクリップだけでも、ニック・カーショウの存在感は“謎”ではない。


Nik Kershaw : The Riddle

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2010年9月27日 (月)

レッド・ツェッペリン「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」のジャケットの謎を解く

レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア(紙袋表) レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア(紙袋裏)イン・スルー・ジ・アウト・ドアIn Through the Out Door』は、レッド・ツェッペリンのアルバムの中では異色というイメージがある。それは、「サウス・バウンド・サウレス」と「オール・マイ・ラヴ」のコンポーザーにジミー・ペイジの名前がないように、ジョン・ポール・ジョーンズ主導のアルバムだからということがまずある。ロックンロール、サザンブギ、シャッフルビート、サンバ、ロカビリー、テクノ風ダンスナンバー、ラブバラード、スローブルースと、飽きさせないバリエーションは、まさにジョン・ポール・ジョーンズならではだ。渋谷陽一は確か「レッド・ツェッペリン世界の旅」と評していたっけ。

しかし何と言っても『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』の異色さは、そのジャケット・デザインだ。レッド・ツェッペリンは3枚ごとに変形ジャケットを出しているが、この『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』は白眉だろう。ジャケット・デザインはかのヒプノシス。ツェッペリンのメンバーもいろいろとアイディアを出しているようだ。「Led Zeppelin In Through The Out Door Revisited」のサイトと、『写楽』81年4月号(小学館)の特集を参考にまとめてみる。

イン・スルー・ジ・アウト・ドア』のジャケットは6種類あり、茶色い紙袋から出すまでどのジャケットかわからない仕組みだった。まずはそのジャケット一覧を(マウスを乗せると説明が見られます)。

レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア A表:刑事風の男の視点 レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア B表:金髪女の視点 レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア C表:バーテンの視点 レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア D表:黒人女の視点 レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア E表:ピアノ弾きの視点 レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア F表:赤毛の娼婦の視点
レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア A裏:黒人女の視点 レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア B裏:ピアノ弾きの視点 レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア C裏:赤毛の娼婦の視点 レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア D裏:刑事風の男の視点 レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア E裏:金髪女の視点 レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア F裏:バーテンの視点

このジャケットは、中心に帽子をかぶった謎の男がいて、謎の男が火をつけた後の光景で一部カラーになっている。謎の男が火をつけようとしている光景で、こちらは全面セピア色だ。つまり、裏から表へと時間は進行している。その舞台は、アメリカ南部の場末のパブといった風情。

そして、その謎の男を取り囲む6人がパブにいる。それは、バーテン金髪の女刑事風の男赤毛の娼婦ピアノ弾き黒人の女だ。ジャケットはAからFの6種類だが、この6人の視点で写真は構成されており、いずれも表に写っている人物の視点が裏のジャケットになり、裏に写っている人物の視点が表のジャケットになっている。具体的に言うと、Aの表刑事風の男の視点、Aの裏黒人女の視点、Bの表金髪女の視点、Bの裏ピアノ弾きの視点、Cの表バーテンの視点、Cの裏赤毛の娼婦の視点、Dの表黒人女の視点、Dの裏刑事風の男の視点、Eの表ピアノ弾きの視点、Eの裏金髪女の視点、Fの表赤毛の娼婦の視点、Fの裏バーテンの視点である。つまり、ADがセット、BEがセット、CFがセットになっているわけだ。そしてAからFを順に見ていくと、刑事風の男金髪女バーテン・・・と、時計回りに視点がパブを一周していることに気づく。

結局のところ、1枚のジャケットからすべては見えない。ワシが買ったのはFだったが、そこには刑事風の男、ピアノ弾き、黒人の女の姿がない。6人全員がわかるB-Eのセットだったとしても、今度は紙を燃やしているディテールがぼけてしまう。ネオンサインの「Fully Coots(完全にバカども)」が、ワシらの愚かな視野を象徴しているのかもしれない。ワシらが認識しているのは、所詮は世界の6分の1でしかないのだ。

出口から入ることほど難しいことはなさそうだ」というコメントが、『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』にはあったという。一つの視点に縛られずに、出口から入って新たな視点を獲得したならば、きっとまた別のものが見えてくるに違いない。

最後に、灰皿のイラストがついた『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』の内ジャケットは、水を垂らすと色が出てくる仕掛けがあったようだが、水でぐちゃぐちゃになるのが怖くて、結局試すことなく終わってしまった。どんな色が出たのだろうか・・・

レッド・ツェッペリン:イン・スルー・ジ・アウト・ドア(内ジャケット)




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2010年8月27日 (金)

レッド・ツェッペリン:死にかけて(In My Time of Dying)

レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin) レッド・ツェッペリンのライブ・パフォーマンスで最も気に入っているのが、1975年5月アールズ・コートの「死にかけてIn My Time of Dying」だ。

死にかけて」は、レッド・ツェッペリンフィジカル・グラフィティPhysical Graffiti』の中に収録された10分を超える大作。元々はトラディショナルなゴスペル・ナンバー「Jesus Make Up My Dying Bed」で、歌詞は1927年にレコーディングされたブラインド・ウィリー・ジョンソンの同曲を基にしている。この曲は、ボブ・ディランのデビュー・アルバム『ボブ・ディランBob Dylan』にも収録されているが、そのとき曲名が「In My Time of Dying」に改名され、ツェッペリンもそれに倣ったようだ。

死にかけて」は元がトラッドとは思えないほど、ツェッペリン流にアレンジされている。『フィジカル・グラフィティ』で、そのパワフルさは特筆すべきだろう。

アールズ・コートの「死にかけて」だが、まずロバート・プラントが元気なのがうれしい。このアルバムの前年に喉の手術をしていたことを微塵にも感じさせないほど、そのボーカルは魅力的だ。次にジョン・ボーナムのドラムだが、レコードでは「レヴィー・ブレイク」と同様のレコーディング方法で録音されたというそのパワーが目立つ。そしてそこにジョン・ポール・ジョーンズのベースが激しく絡む。ジョンジーが激しくベースを奏でるとき、ボンゾはバックに回るような感じになるのが、この演奏の妙というところか。

そしてジミー・ペイジだ。ボンゾとジョンジーに触発されたのだろうか。ボトルネックを狂乱的に奏でるその様は、まさに「1970年代のパガニーニ」。このライブ・アクトのボトルネックは蠱惑的で、そのテンションは驚愕ものだ。

レコードでは、最後にボンゾが咳払いしてこう言う――
That's gotta be the one, hasn't it ?最高だろ?


Led Zeppelin : In My Time Of Dying (Live)



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2009年11月14日 (土)

ちょっとひねくれたビートルズ楽曲ベスト20

ザ・ビートルズBOX(ステレオ・ボックス、完全限定盤) ビートルズの全オリジナル・アルバム・リマスター盤発売を記念して、「カウントダウン・ザ・ビートルズ213」と称し、ビートルズの全213楽曲の人気ランキングが発表されたのが2009年9月9日のこと。また2008年には『レコードコレクターズ』が「あなたが選ぶビートルズ名曲ベスト100」を企画して発表している。この『レコードコレクターズ』の企画は、ビートルズのベスト20とワースト1を募集するというものだった。

そこで順位を見てみると、『レコードコレクターズ』の「音楽評論家の投票結果」にはかなり納得するものがあったのだが、一般投票の方は「なんで両方とも『イン・マイ・ライフ』が2位なんだよ」と、唖然としたことは事実・・・てなことで、時機は逸してしまったが、自分でビートルズ・ベスト20を作ってしまえと思って作ったのが次のランキング(※曲名から動画を見ることができます)。

  1. アイヴ・ガッタ・フィーリングI've Got A Feeling
  2. ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァーStrawberry Fields Forever
  3. シーズ・リーヴィング・ホームShe's Leaving Home
  4. アイ・アム・ザ・ウォルラスI Am The Walrus
  5. レット・イット・ビーLet It Be
  6. 恋する二人I Should Have Known Better
  7. カム・トゥゲザーCome Together
  8. ゲット・バックGet Back
  9. ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープスWhile My Guitar Gently Weeps
  10. ア・デイ・イン・ザ・ライフA Day In The Life
  11. トゥ・オブ・アスTwo Of Us
  12. アイ・ミー・マインI Me Mine
  13. シーズ・ア・ウーマンShe's A Woman
  14. マーサ・マイ・ディアMartha My Dear
  15. ディア・プルーデンスDear Prudence
  16. ゴールデン・スランバーズGolden Slumbers
  17. アクロス・ザ・ユニヴァースAcross The Universe
  18. ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエアHere, There and Everywhere
  19. クライ・ベイビー・クライCry Baby Cry
  20. ヘイ・ジュードHey Jude

ちょっとひねくれた」と銘打った割には、できたランキングを見てみると、意外にまともなことに気づいた・・・ぃゃ、「まともだ」と思うこと自体がおかしいのか(笑)。てな感じでちょっとコメント。

ワシの1位は「アイヴ・ガッタ・フィーリング」。理由は以前の記事に書いたとおり、ビートルズの中では特筆すべき曲だ。「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」「アイ・アム・ザ・ウォルラス」「カム・トゥゲザー」「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」あたりは、ビートルズ通には評価の高い曲。そして定番の「レット・イット・ビー」「ゲット・バック」に、ポール・マッカートニーのバラード「シーズ・リーヴィング・ホーム」、『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』で最も印象に残った「恋する二人」、エリック・クラプトンのギターが秀逸な「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」を入れたのが、ワシのベスト10。

11位から20位は結構迷うところがあったのだが、11位の「トゥ・オブ・アス」、12位の「アイ・ミー・マイン」は好みで選んだって感じか。アフタービートが印象的な「シーズ・ア・ウーマン」、ポールのピアノ曲「マーサ・マイ・ディア」、ホワイトアルバムの秀作「ディア・プルーデンス」、アビーロードの名メドレー「ゴールデン・スランバーズ」、リボルバーの名曲「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」はランキング入りがおかしくないところ。そしてジョン・レノンの歌詞が秀逸な「アクロス・ザ・ユニヴァース」と「クライ・ベイビー・クライ」が来て、20位が「ヘイ・ジュード」というオチ(笑

まぁワシのベスト20はこんなところ。ホワイト派のワシはやはり『ホワイトアルバム』と『レット・イット・ビー』からの曲が多くなった。そしてワースト1だが、1966.seesaa.netさんの感覚にはベストの選曲も含めてかなり共鳴するところが多い。確かに「ドント・レット・ミー・ダウン」はワーストだろう・・・てなことでワシが選んだワーストは「アイ・ウォント・ユーI Want You」。以上「ちょっとひねくれたビートルズ楽曲ベスト20」でした。

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2009年10月19日 (月)

追悼加藤和彦。タイムマシンにおねがい・・・

遅ればせながら、加藤和彦氏のご冥福をお祈りします。

加藤和彦といえば、まずはザ・フォーク・クルセダーズ。「帰って来たヨッパライ」を最初に聴いたときの衝撃は今でも覚えているし、「悲しくてやりきれない」はワシのお気に入りの愛唱歌だ。「帰って来たヨッパライ」のテープの早回し、「イムジン河」を逆回転させて作った「悲しくてやりきれない」など、加藤和彦の独創性には舌を巻くし、フォークルの存在感には改めて驚かされる。

そしてワシのお気に入りは、『パパ・ヘミングウェイ』『うたかたのオペラ』『ベル・エキセントリック』の三部作。日本人が受けたヨーロッパ音楽の影響を徹底的に突きつめたこの三部作は非常に輝いていた。同時期発表されたジャパンの『錻力の太鼓Tin Drum』がヨーロッパから見たアジアを表していたのと、ちょうど好対照だったっけ。

加藤和彦は知人に「もうやりたいことがすべてなくなった」などと書いていたそうだが、2006年にサディスティック・ミカ・バンドを再々結成したときの加藤和彦を思うと、非常に違和感がつきまとう。木村カエラを加えたミカ・バンドは生き生きしていたし、加藤和彦木村カエラを絶賛し本当に楽しそうだったのだ。加藤和彦は完全主義者ゆえに自分を追い詰めてしまったのか・・・

あの日は帰らない。加藤和彦は帰らない。まったくタイムマシンにお願いしたいものだ・・・てなことで「タイムマシンにおねがい」2007年3月8日NHKホールのライブでどうぞ・・・高中がやたらと楽しそうなんだが。

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