2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

我龍

  • 気に入ったらこちら
  • ようこそ
  • moon's age
    CURRENT MOON
  • 東日本大震災義援金を
    東日本大震災義援金を受け付けます(日本赤十字社)
  • 2月22日は竹島の日!
    2月22日は竹島の日!竹島は日本の領土です!

最近のトラックバック

« カート・ヴォネガットに合掌 | トップページ | どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことはできないだろう »

2007年4月14日 (土)

脳死・臓器移植の真相

小松美彦:脳死・臓器移植の本当の話 前回「脳死する気功の不思議」で、脳死の問題を取り上げた。ワシは「脳死は人の死ではない」と思っているが、ちょっと書き急ぎすぎたような感じもするので、今回はじっくりと脳死・臓器移植の現場を見ていきたいと思うのだ。脳死・臓器移植の実態を、小松美彦教授の『脳死・臓器移植の本当の話』から引用していく(太字はこちらで付けた)。

この書は、脳死・臓器移植の実態を詳細に検証しているだけでなく、ラザロ徴候の写真公開、植物状態の再考、和田移植と高知赤十字病院移植の問題点の検証、さらには臓器移植法改正案の問題点を指摘するといった、内容充実の労作である。現在、臓器移植法改正案の国会審議が続いているが、この実態を知るならば、この改正案が恐ろしいものであることに、だれしも気づくであろう。

この書は、まず序章で脳死・臓器移植問題を考察するための基本姿勢が確認され、第2章で本格的な考察に臨むために、基本的な事項を押さえる作業がなされるが、第2章の次の言葉に、我々はどきりとすることになる。

脳死患者は、運動能力もおそらく意識もなく、遠からず死に至ると言われていますが、心臓が動いており、さわると温かく、汗や涙を流し、妊婦であれば出産し、時には反射的に動きます。脳死・臓器移植とは、このような脳死患者を死んだものと見なし、その者の心臓や肝臓を取り出し、別の患者に移植する医療です。臓器受容者はそれによってはじめて助かる可能性が高いのですが、一方、臓器提供者は確実に死にます」(P.60-61)

1.“死体”が子どもを産む

……例えば、五項目によって脳死と判定されたとしても、それだけではチェックできない脳の視床下部というところが機能しており、そこからオキシトシンという子宮収縮ホルモンが分泌されているからこそ、妊婦は脳死状態に陥っても出産が可能なのである。“死体”が子どもを産むのだ。そもそも脳死を死の基準とするに際して、身体の統合機能には神経系とホルモン系との両者が少なくとも関与しているにもかかわらず、厚生省基準を含めたすべての脳判定基準は最初から後者を無視しているため、こうした決定的な矛盾が生じるのである。(P.81)

2.脳死者に麻酔をかけて臓器摘出!

 イギリスにおいてこうした議論は、日本とは違ってマスコミが大々的に報じることにより、一般市民の関心をさらうことになった。2000年の夏、Sunday Telegraph(2000.8.20)紙がこの問題に関する詳細な記名記事を載せたのである。きっかけとなったのは、英国王立麻酔科医師協会が発行している Anaesthesia誌上で、ノーフォーク・ノリッジ病院の顧問麻酔医を務めるフィリップ・キープが、「脳死患者は臓器摘出時に痛みを感じている可能性がある」という懸念を表明したことである。Sunday Telegraphのインタビューに応えたキープは次のように語っている。

「看護婦たちは本当に心底動転していますよ。[脳死者に] メスを入れた途端、脈拍と血圧が急上昇するんですから。そしてそのまま何もしなければ、患者は動き出し、のたうち回りはじめます。摘出手術どころじゃないんです。ですから、移植医は私たち麻酔医に決まってこう言います。ドナー患者に麻酔をかけてくれ、と」。かくしてキープ自身、「現状ではとてもドナーカードを持つ気になれない」と言明しているのである。

 戦慄せずにはいられぬ情報ばかりではないか。しかし、移植帝国のアメリカでは、イギリスのこうした状況をはるかに超えてしまっている。1997年8月25日未明にTBS系テレビで放映された「CBSドキュメント―臓器移植を急ぐ医師たち」によれば、アメリカでは脳死ドナーにはモルヒネを投与することが奨励され、もはや普通のことになっているというのだ。そればかりか、モルヒネの常態化はさらなる段階に達している。1994年の調査によれば、全米の臓器移植施設の実に約3分の1が、「脳死に至る以前に」モルヒネを投与して臓器を摘出できるという規定(プロトコル)をもっているというのである。モルヒネを打ちさえすれば“何でもあり”というわけだ。ちなみに、こうした実情に対してコメントを求められた「全米移植外科医協会」会長のハンス・ソリンジャーは、こう言って憚らない。「臓器が摘出されるころには患者は脳死していますよ」。これが移植最先進国アメリカの移植最高責任者の発言なのだ。(P.89-90)

3.脳死者が動く!――ラザロ徴候の衝撃

 1982年、アメリカのテンプル大学病院のスティーブン・マンデルらは、著名な医学雑誌 The New England Journal of Medicine(vol.307, no.8)に目を見張る症例を報告した。28歳の男性の脳死者に身体の連続的な動きが見られたというのだ。脳死判定から15時間経った後、四肢の伸長運動に続いて、左足がベッドから自然に持ち上がり、両腕もおよそ45度まで上った。そして、両手を合せて祈るような動作をして、指を握りしめた。その後、両手は離れて胴体の横へと戻った。この間、両足は交互に動き、まるで歩いているかのようだった。こうした運動は自発的に4日間つづき、刺激を与えるとさらに5日間起こったという。(P.95)

 1989年、ベルギーのアントワープ大学病院のリュック・ハイテンスらも、脳神経外科学の専門誌 Journal of Neurosurgery(vol.71, September)でラザロ徴候を報告している。症例として挙げられているのは51歳の男性である。ここでも、脳死判定を終えて人工呼吸器を取りはずしてから2~3分後に、まず両腕が自然にベッドから持ち上がり、肘が折れ曲がった。そして、手のひらが顎や顔まで移動し、やがて胴体の脇に戻った。このようなラザロ徴候が繰り返し約1時間続いた。また、この間に血圧が上昇し(230/120mmHg)、1分間に150回もの頻脈を呈し、顔面の紅潮も見られたのである。

 この事態はきわめて重大な示唆に富んでいる。すなわち、血圧や脈拍の中枢が脳幹であるなら、血圧上昇や頻脈がともなわれたということは、ラザロ徴候には脊髄だけではなく、脳幹も関与している可能性があるからだ。ラザロ徴候を「単なる脊髄反射」の一言でかたづけられないかもしれないのだ。……(P.98-99)

4.14年以上生きている脳死患者

 さらにシューモンは、前記175人のうち、医学的な情報が十二分に記されていた56人を厳選して綿密な集積分析(メタアナリシス)を行ったところ、そのうちの半数(56人中28人)が1ヶ月以上、3分の1近く(同17人)が2ヶ月以上、7人(13%)が6ヶ月以上、4人(7%)が1年以上、それぞれ心臓が動きつづけていることがわかった。右にも挙げた14.5年も心臓が動きつづけた者は、4歳のときに脳死状態に陥った男子であり、論文が執筆された時点(1998年)でも、自宅で人工呼吸器を付けて生きつづけている。さらに、本書の終章で詳しく見るように、この“少年”は少なくとも2003年春の時点でも存命中で、脳死判定から19.5年が経過し、23歳になっている。死んだはずの脳死の子どもが成長し、性的にも成熟し、青年の年齢にまで達しているのだ。(P.110)

……スティーブの脳はすでにドロドロに溶けた状態だとされ、それゆえ母親は定期的に検査に連れて行く病院の医師から「いつまでこんなバカげたことを続けるつもりなんだ」と言われてきたという。だが、脳がドロドロに溶けていても、スティーブは生きつづけていること、そして幾度もの感染症を克服して4歳のときから成長を重ねてきたことは紛れもない事実である。つまり、スティーブの身体の有機的統合性なるものは保たれており、そうであるからには、やはり脳は有機的統合性の唯一の中枢器官ではないことになる。また、そもそも思考や感情の中枢を唯一脳へと還元すること自体も、根本的な誤りなのかもしれない。(P.399)

5.脳死が人の死である基準が否定された!

 これまで脳死が人の死(の基準)とされてきたのは、次のような論理によっていた。まず、全身の有機的統合性の喪失を人の死と定義し、ついで、有機的統合性を司る中枢を脳全体と捉えた上で、脳全体が機能停止すれば有機的統合性は喪失するので脳死は人の死(の基準)である、という論理である。しかしながら、シューモンは、実例の紹介を交えて次の4点を提唱し、この論理を否定した。①身体の有機的統合性の中には脳が介在しないものが数多あること、②脳が介在する場合でも、脳は有機的統合性を生み出すのではなく調整・活性化するだけであり、脳がなければ有機的統合性が消失するわけではないこと、したがって、③脳は有機的統合性の統御器官ではなく調節器官に他ならないこと、さらには、④諸部分の相互関係によって生じる有機的統合性を特定の一つの器官(脳)に還元することは有機的統合性の定義とそもそも矛盾すること、である。(P.349)

……“全体としての有機的統合性が失われた状態が人の死であり、その統合性を司っているのが脳である以上、脳が死ねば統合性は失われ、多くの場合数日のうちに心停止に至る。だから、脳死(脳幹を含む全脳の不可逆的機能停止)は人の死である”。だが、しかし、シューモンの論文は、脳死状態になれば「人工呼吸器を付けていても多くの場合数日のうちに心停止に至る」という認識を、まず統計調査をもって否定した。しかも、それだけではなく、脳死を人の死とする大前提、すなわち、「脳幹を含む全脳の不可逆的機能停止」は「身体各部を統合する機能が不可逆的に失われたことを意味」する、という大前提をも覆したことになる。それゆえ、シューモンの主張に従うなら、日本においても脳死は人の死とはいえないことになるのだ。(P.115)

もはや、脳死を死の基準とすることが医学的に無理なことが明らかになっているのだ。しかし、臓器移植を推進する人たちは、移植臓器を増やすために、新たな論理を導き出している。

オーストラリアの生命倫理学者ピーター・シンガーは、人命に価値の序列をつけることを主張し、脳死者、遷延性植物状態の患者、無脳症児、皮質死状態の新生児を、「意識を回復する見込みがまったくない」として切り捨てようとする。そして、ハーバード大学麻酔学教授ロバート・トゥルオグはもっと先鋭的で、脳死者などが生きていることを認めた上で、臓器摘出を「正当化された殺人(justified killing)」とするのだ。トゥルオグは「移植臓器の獲得のためには時には殺人も正当だと認められる必要がある」と主張するが、なんと恐ろしい言葉ではないか……。

現在国会で審議されている臓器移植法改正案。特に、与党が推進する「町野案」は、脳死を死の基準とすることが無理であるという医学的な見解を無視して、また論理的にも矛盾を抱えながら、臓器提供を増やそうとするものである。脳死・臓器移植の実態を無視して、改悪的に臓器移植法改正を推進する、与党「町野案」は断じて認められるべきではないだろう。

関連記事



人気ブログランキングへ

« カート・ヴォネガットに合掌 | トップページ | どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことはできないだろう »

謎はいっぱい」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/135775/7633078

この記事へのトラックバック一覧です: 脳死・臓器移植の真相:

» 排卵日 [排卵日]
排卵日について書いたブログです。排卵日のことをよく知らない人は是非お目通しを! [続きを読む]

» 妊娠初期の症状・兆候 情報館 [妊娠初期の症状・兆候 情報館]
妊娠初期の症状、兆候の情報です。妊娠のつらい症状の乗り切り方や妊娠初期の注意点についてなど。妊婦さんに役立つ情報満載です。 [続きを読む]

» 顎関節症(顎の痛み・顔面の歪み・開口不全)の改善例ー116 [脊柱側湾症・外反母趾・顎関節症の駆け込み寺!!]
トラックバックさせていただき、ありがとうございます。もし、関係のないサイト様へ、当院がトラックバックしてしまった場合、削除してください、すみませんでした。 [続きを読む]

» [社会][政治] 人間の死生観にまで手を突っ込む与党の暴挙−−臓器移植法改正 [日録(不定期)]
 今の日本人はどこまで、自らが主権者であり政治を監視するべき存在であるということを忘れほうけているのだろうか。その間に与党はどんどん暴走を続けているというのに。  臓器移植法改正について伝えるこの記事は極めて重大な内容を含んでいる。一部引用しておく。  現... [続きを読む]

« カート・ヴォネガットに合掌 | トップページ | どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことはできないだろう »

広告バナー


  • 大容量・高性能レンタルサーバー『heteml (ヘテムル)』

Amazon リンク

無料ブログはココログ