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2007年4月

2007年4月28日 (土)

何苦楚魂

頑張れ、岩村明憲!何苦楚魂だ! デビルレイズの岩村明憲が故障者リストに入ってしまった。打率.339、出塁率.479、15得点、3盗塁と、ここまで好調だっただけに残念な感じもするが、「焦らず、でも1日も早く」「得られるものは何かあると思う」という岩村の言葉どおりになることを願うばかりだ。

岩村と言えば、「何苦楚魂(なにくそだましい)」だ。これは、三原脩、中西太と引き継がれてきた言葉だそうだが、岩村の公式サイト「何苦楚魂」には次のようにある。

何苦楚 日々新也(なにくそ ひびあらたなり)

 何苦楚……何事にも苦しむ事が楚(いしずえ)となる。
 日々新也……どんな事があっても、新しい日が来る。

何苦楚魂 「何事にも苦しむことが礎となる」って、いい言葉じゃないか。だれだって、失敗したり挫折したりして、何度も何度も苦しむ。しかし、そうした苦しみこそが、未来につながる大きな土台だ。苦しんでこそ、人生に味が出るってもんだ……って偉そうに言える立場では決してないが(笑

そのあとに続く「日々新たなり=どんな事があっても、新しい日が来る」っていうのも、またいい言葉だ。何事にもポジティブに挑戦していけば、必ずや道は開けるだろう。

確かに、岩村はポジティブだ。ZAKZAKの記事によると、オープン戦で結果が出ないときも、「今は別に打てなくてもいい。メジャーに慣れることの方が大事だ」と言った。そして、公式戦で結果を出したとき、「オープン戦で苦しんだことがよかった。その苦労がようやく報われた」と話したという。

「デビルレイズに落札されて正直、がっかりしたことはないの?」と聞かれ、「まったくないね」と答えた岩村。そのあとのコメントがまた(・∀・)イイ!!

最初から勝つのが当たり前のチームに入ったって、面白くもなんともないじゃん。デビルレイズは弱いけど、だからこそ、みんなが力を合わせて、一つでも上に行こうとしている。そういうところの方が働きがいがあるじゃん。

さすがは、何苦楚魂! 「気持ちを切らすわけにはいかない。今年のテーマは粘り」と言う岩村。岩村の活躍を待ち望んでいるのは、ワシだけではあるまい。

2007年4月27日 (金)

再び音符デザインへ

さくらの季節も過ぎたので、音符デザインに戻しました。

時は巡る。来年もさくらが咲く。そう言えば、4月21日のUFCでミルコがナパオンにKOされたが、ランデルマンにKOされたシーンと妙にかぶったものだ。ミルコが巡りゆく時の流れに乗って再び上昇するのか、注目していきたい。



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2007年4月23日 (月)

則天去私

 則天去私――天に則り、私を去る。

夏目漱石が晩年理想とした境地と言われる。「我執を捨て、諦観にも似た調和的な世界に身をまかせること」と辞書にはある。

確かに、これが実践できたらすごいと思う。究極の境地ではないだろうか。

2007年4月19日 (木)

どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことはできないだろう

寺山修司は「邪宗門」でこう言う。

 たかが言葉で作った世界を、言葉でこわすことがなぜできないのか、引き金をひけ、言葉は武器だ!

 どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことはできないだろう。

2007年4月14日 (土)

脳死・臓器移植の真相

小松美彦:脳死・臓器移植の本当の話 前回「脳死する気功の不思議」で、脳死の問題を取り上げた。ワシは「脳死は人の死ではない」と思っているが、ちょっと書き急ぎすぎたような感じもするので、今回はじっくりと脳死・臓器移植の現場を見ていきたいと思うのだ。脳死・臓器移植の実態を、小松美彦教授の『脳死・臓器移植の本当の話』から引用していく(太字はこちらで付けた)。

この書は、脳死・臓器移植の実態を詳細に検証しているだけでなく、ラザロ徴候の写真公開、植物状態の再考、和田移植と高知赤十字病院移植の問題点の検証、さらには臓器移植法改正案の問題点を指摘するといった、内容充実の労作である。現在、臓器移植法改正案の国会審議が続いているが、この実態を知るならば、この改正案が恐ろしいものであることに、だれしも気づくであろう。

この書は、まず序章で脳死・臓器移植問題を考察するための基本姿勢が確認され、第2章で本格的な考察に臨むために、基本的な事項を押さえる作業がなされるが、第2章の次の言葉に、我々はどきりとすることになる。

脳死患者は、運動能力もおそらく意識もなく、遠からず死に至ると言われていますが、心臓が動いており、さわると温かく、汗や涙を流し、妊婦であれば出産し、時には反射的に動きます。脳死・臓器移植とは、このような脳死患者を死んだものと見なし、その者の心臓や肝臓を取り出し、別の患者に移植する医療です。臓器受容者はそれによってはじめて助かる可能性が高いのですが、一方、臓器提供者は確実に死にます」(P.60-61)

1.“死体”が子どもを産む

……例えば、五項目によって脳死と判定されたとしても、それだけではチェックできない脳の視床下部というところが機能しており、そこからオキシトシンという子宮収縮ホルモンが分泌されているからこそ、妊婦は脳死状態に陥っても出産が可能なのである。“死体”が子どもを産むのだ。そもそも脳死を死の基準とするに際して、身体の統合機能には神経系とホルモン系との両者が少なくとも関与しているにもかかわらず、厚生省基準を含めたすべての脳判定基準は最初から後者を無視しているため、こうした決定的な矛盾が生じるのである。(P.81)

2.脳死者に麻酔をかけて臓器摘出!

 イギリスにおいてこうした議論は、日本とは違ってマスコミが大々的に報じることにより、一般市民の関心をさらうことになった。2000年の夏、Sunday Telegraph(2000.8.20)紙がこの問題に関する詳細な記名記事を載せたのである。きっかけとなったのは、英国王立麻酔科医師協会が発行している Anaesthesia誌上で、ノーフォーク・ノリッジ病院の顧問麻酔医を務めるフィリップ・キープが、「脳死患者は臓器摘出時に痛みを感じている可能性がある」という懸念を表明したことである。Sunday Telegraphのインタビューに応えたキープは次のように語っている。

「看護婦たちは本当に心底動転していますよ。[脳死者に] メスを入れた途端、脈拍と血圧が急上昇するんですから。そしてそのまま何もしなければ、患者は動き出し、のたうち回りはじめます。摘出手術どころじゃないんです。ですから、移植医は私たち麻酔医に決まってこう言います。ドナー患者に麻酔をかけてくれ、と」。かくしてキープ自身、「現状ではとてもドナーカードを持つ気になれない」と言明しているのである。

 戦慄せずにはいられぬ情報ばかりではないか。しかし、移植帝国のアメリカでは、イギリスのこうした状況をはるかに超えてしまっている。1997年8月25日未明にTBS系テレビで放映された「CBSドキュメント―臓器移植を急ぐ医師たち」によれば、アメリカでは脳死ドナーにはモルヒネを投与することが奨励され、もはや普通のことになっているというのだ。そればかりか、モルヒネの常態化はさらなる段階に達している。1994年の調査によれば、全米の臓器移植施設の実に約3分の1が、「脳死に至る以前に」モルヒネを投与して臓器を摘出できるという規定(プロトコル)をもっているというのである。モルヒネを打ちさえすれば“何でもあり”というわけだ。ちなみに、こうした実情に対してコメントを求められた「全米移植外科医協会」会長のハンス・ソリンジャーは、こう言って憚らない。「臓器が摘出されるころには患者は脳死していますよ」。これが移植最先進国アメリカの移植最高責任者の発言なのだ。(P.89-90)

3.脳死者が動く!――ラザロ徴候の衝撃

 1982年、アメリカのテンプル大学病院のスティーブン・マンデルらは、著名な医学雑誌 The New England Journal of Medicine(vol.307, no.8)に目を見張る症例を報告した。28歳の男性の脳死者に身体の連続的な動きが見られたというのだ。脳死判定から15時間経った後、四肢の伸長運動に続いて、左足がベッドから自然に持ち上がり、両腕もおよそ45度まで上った。そして、両手を合せて祈るような動作をして、指を握りしめた。その後、両手は離れて胴体の横へと戻った。この間、両足は交互に動き、まるで歩いているかのようだった。こうした運動は自発的に4日間つづき、刺激を与えるとさらに5日間起こったという。(P.95)

 1989年、ベルギーのアントワープ大学病院のリュック・ハイテンスらも、脳神経外科学の専門誌 Journal of Neurosurgery(vol.71, September)でラザロ徴候を報告している。症例として挙げられているのは51歳の男性である。ここでも、脳死判定を終えて人工呼吸器を取りはずしてから2~3分後に、まず両腕が自然にベッドから持ち上がり、肘が折れ曲がった。そして、手のひらが顎や顔まで移動し、やがて胴体の脇に戻った。このようなラザロ徴候が繰り返し約1時間続いた。また、この間に血圧が上昇し(230/120mmHg)、1分間に150回もの頻脈を呈し、顔面の紅潮も見られたのである。

 この事態はきわめて重大な示唆に富んでいる。すなわち、血圧や脈拍の中枢が脳幹であるなら、血圧上昇や頻脈がともなわれたということは、ラザロ徴候には脊髄だけではなく、脳幹も関与している可能性があるからだ。ラザロ徴候を「単なる脊髄反射」の一言でかたづけられないかもしれないのだ。……(P.98-99)

4.14年以上生きている脳死患者

 さらにシューモンは、前記175人のうち、医学的な情報が十二分に記されていた56人を厳選して綿密な集積分析(メタアナリシス)を行ったところ、そのうちの半数(56人中28人)が1ヶ月以上、3分の1近く(同17人)が2ヶ月以上、7人(13%)が6ヶ月以上、4人(7%)が1年以上、それぞれ心臓が動きつづけていることがわかった。右にも挙げた14.5年も心臓が動きつづけた者は、4歳のときに脳死状態に陥った男子であり、論文が執筆された時点(1998年)でも、自宅で人工呼吸器を付けて生きつづけている。さらに、本書の終章で詳しく見るように、この“少年”は少なくとも2003年春の時点でも存命中で、脳死判定から19.5年が経過し、23歳になっている。死んだはずの脳死の子どもが成長し、性的にも成熟し、青年の年齢にまで達しているのだ。(P.110)

……スティーブの脳はすでにドロドロに溶けた状態だとされ、それゆえ母親は定期的に検査に連れて行く病院の医師から「いつまでこんなバカげたことを続けるつもりなんだ」と言われてきたという。だが、脳がドロドロに溶けていても、スティーブは生きつづけていること、そして幾度もの感染症を克服して4歳のときから成長を重ねてきたことは紛れもない事実である。つまり、スティーブの身体の有機的統合性なるものは保たれており、そうであるからには、やはり脳は有機的統合性の唯一の中枢器官ではないことになる。また、そもそも思考や感情の中枢を唯一脳へと還元すること自体も、根本的な誤りなのかもしれない。(P.399)

5.脳死が人の死である基準が否定された!

 これまで脳死が人の死(の基準)とされてきたのは、次のような論理によっていた。まず、全身の有機的統合性の喪失を人の死と定義し、ついで、有機的統合性を司る中枢を脳全体と捉えた上で、脳全体が機能停止すれば有機的統合性は喪失するので脳死は人の死(の基準)である、という論理である。しかしながら、シューモンは、実例の紹介を交えて次の4点を提唱し、この論理を否定した。①身体の有機的統合性の中には脳が介在しないものが数多あること、②脳が介在する場合でも、脳は有機的統合性を生み出すのではなく調整・活性化するだけであり、脳がなければ有機的統合性が消失するわけではないこと、したがって、③脳は有機的統合性の統御器官ではなく調節器官に他ならないこと、さらには、④諸部分の相互関係によって生じる有機的統合性を特定の一つの器官(脳)に還元することは有機的統合性の定義とそもそも矛盾すること、である。(P.349)

……“全体としての有機的統合性が失われた状態が人の死であり、その統合性を司っているのが脳である以上、脳が死ねば統合性は失われ、多くの場合数日のうちに心停止に至る。だから、脳死(脳幹を含む全脳の不可逆的機能停止)は人の死である”。だが、しかし、シューモンの論文は、脳死状態になれば「人工呼吸器を付けていても多くの場合数日のうちに心停止に至る」という認識を、まず統計調査をもって否定した。しかも、それだけではなく、脳死を人の死とする大前提、すなわち、「脳幹を含む全脳の不可逆的機能停止」は「身体各部を統合する機能が不可逆的に失われたことを意味」する、という大前提をも覆したことになる。それゆえ、シューモンの主張に従うなら、日本においても脳死は人の死とはいえないことになるのだ。(P.115)

もはや、脳死を死の基準とすることが医学的に無理なことが明らかになっているのだ。しかし、臓器移植を推進する人たちは、移植臓器を増やすために、新たな論理を導き出している。

オーストラリアの生命倫理学者ピーター・シンガーは、人命に価値の序列をつけることを主張し、脳死者、遷延性植物状態の患者、無脳症児、皮質死状態の新生児を、「意識を回復する見込みがまったくない」として切り捨てようとする。そして、ハーバード大学麻酔学教授ロバート・トゥルオグはもっと先鋭的で、脳死者などが生きていることを認めた上で、臓器摘出を「正当化された殺人(justified killing)」とするのだ。トゥルオグは「移植臓器の獲得のためには時には殺人も正当だと認められる必要がある」と主張するが、なんと恐ろしい言葉ではないか……。

現在国会で審議されている臓器移植法改正案。特に、与党が推進する「町野案」は、脳死を死の基準とすることが無理であるという医学的な見解を無視して、また論理的にも矛盾を抱えながら、臓器提供を増やそうとするものである。脳死・臓器移植の実態を無視して、改悪的に臓器移植法改正を推進する、与党「町野案」は断じて認められるべきではないだろう。

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2007年4月12日 (木)

カート・ヴォネガットに合掌

Kurt Vonnegut カート・ヴォネガット氏が4月11日にニューヨークで亡くなった。84歳。なんでも脳を損傷していたという。

ヴォネガットというと、ホントに多くの小説を読んだし、ワシにとっては思い入れのある作家だ。やがてはヴォネガットのことを何か書こうとしていたが、本人の生前には書けずじまいか。。。

カート・ヴォネガットさん、あなたに神のお恵みを。合掌。

2007年4月 9日 (月)

外山恒一は大変なものを盗んでいきました

魔理沙は大変なものを盗んでいきました 東京都知事選は、石原慎太郎が3選。毎回きわもの選挙で有名な都知事選だが、ちょっと苦戦のドクター中松が 85,946票だったのに対して、外山恒一は 15,059票と惨敗の落選(1万は超えた!)。しかし、外山恒一は YouTubeやニコニコ動画で話題を独占。話題性では明らかに、外山恒一はダントツの当選だろう。

それにしても注目は「外山恒一は大変なものを盗んでいきました」のPVだ。今年のビデオは「ヌルヌルアキヤマ」が独走!と思っていたところに、とんでもない強敵出現という感じだ。もっとも、これは元歌「魔理沙は大変なものを盗んでいきました」がいいので、それに支えられているところはあるが、やはり「てゐ☆断断☆てゐ☆断断☆てゐ」のとこなど秀逸だ。いずれにしても、このPVが今年のビデオ大賞最右翼となったことは間違いないだろう。

2007年4月 8日 (日)

「三国志」の武将ランキング

gooランキングで『好きな「三国志」の武将ランキング』が発表された。なかなか面白いランキングなので、ここにも載せておこう。ちなみに、ワシは平凡に諸葛孔明が好きだが、最も気になる人物としては司馬懿仲達だ。

  1. 諸葛亮(孔明)  100
  2. 劉備(玄徳)  73.9
  3. 関羽(雲長)  58.3
  4. 曹操(孟徳)  37.3
  5. 趙雲(子龍)  36.0
  6. 張飛(益徳)  22.9
  7. 呂布(奉先)  17.8
  8. 周瑜(公瑾)  16.6
  9. 馬超(孟起)  13.7
  10. 司馬懿(仲達)  12.4
  11. 張遼(文遠)  10.8
  12. 姜維(伯約)  10.2
  13. 陸遜(伯言)  9.6
  14. 張角  9.2
  15. 孫権(仲謀)  8.6
  16. 夏侯惇(元譲)  8.3
  17. 孫策(伯符)  8.0
  18. 甘寧(興覇)  8.0
  19. 徐庶(元直)  7.3
  20. 黄忠(漢升)  6.1
  21. 孫堅(文台)  6.1
  22. 荀彧(文若)  5.7
  23. 徐晃(公明)  5.4
  24. 典韋  5.4
  25. 呂蒙(子明)  5.4
  26. 太史慈(子義)  5.1
  27. 魯粛(子敬)  4.8
  28. 郭嘉(奉孝)  4.5
  29. 夏侯淵(妙才)  4.1
  30. 孟獲  4.1

2007年4月 7日 (土)

災いを引き起こすのは

アメリカの作家マーク・トウェインの言葉である。

 災いを引き起こすのは、“知らないこと”ではない。“知らないのに知っていると思い込んでいること”である。

2007年4月 4日 (水)

ブルカ・ブルー

Burka Band:Burka Blue 変な音楽、笑える音楽を聴きたいならば、やはりTenseinさんのブログだろう。ワシの「無限音階」も紹介してくれたことがあった。ありがとうございます。

そのTenseinさんのブログで知ったのが、まさに伝説の音楽!レコードで聴ける史上最低の演奏! これは「伝説の音楽 ~ジャイアンシンドローム~」にリンクしてあるのだが、脳天を杭で打ち抜かれるような衝撃!笑撃!……脳波は完全に打ち砕かれ、とにかく笑った。ホントに耳が腐って死ぬかと思った。呉エイジさんの文章がこれまた秀逸だ。あ、この曲の詳細はこちらの「その時脳味噌が動いた」でどうぞ。

ブルカ・バンド(Burka Band)1 それはさておき、Tenseinのとこでちょっと気に入ったのは、ブルカ・バンドの「Burka Blue」。

ブルカと言えば、タリバンが強制したアフガンの女性の服装で、確か6メートル飛んだ(それはブブカ!)と、いきなりいろんな混乱が生じてしまうのだが、タリバンと言えばウサマ・ビンラディンしか思い浮かばないワシにしては仕方ないことかもしれない。実際このブルカ・バンドも、CDでは「Burka Band」なのだが、「Burqa Band」と表記されたり、やはりみんな混乱しているようなのだ。

ブルカ・バンド(Burka Band)2 曲はこちらのサイトで2曲聴けるが、ワシ的には「Burka Blue」だ。ボーカルがちょっとトムトム・クラブを思わせることもあって、これは明らかに80年代ニューウェイヴだ! ニューウェイヴにはこんな音があったなぁ……なんて思いながらワシは聴いた。「Burka Blue」の歌詞は、こちらのサイトにあるが、日本人でも理解できる単純さがまた(・∀・)イイ!!

それにしても、ブルカというのは手も出してはいけないのだろうか? そんな規則はなくて、この3人が意固地になっているだけなのか? どう考えても、ドラムとベースはやりにくいだろう。だから音が単純なのか? 実はブルカを脱ぐと、ドラムとベースがバカテクだったり……謎だ。どうもあのブルカは、人間モドキを思い出してしまうのだが、でもあの歌声は妙に色っぽい。ボーカルはすごい美女なのでは?……などと思わせる。

ブルカ・バンド」って、こんなわかりやすいバンド名もないが、こんなに想像力をかき立てるバンドもないかもしれない。


Burka Band:Burka Blue 1 No Burka !



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2007年4月 1日 (日)

さくらの歌二首

桜 やはり、さくらである。「咲いてよし 散ってまたよし さくらかな」である。さくらはよい。

さくらは優しい。それが人々に好まれるところだろう。とにかく、さくらである。

さくらと言えば、この二首である。だれもが知っている歌だが、これほどの歌はなかなかない。

 願はくは花のしたにて春死なん そのきさらぎの望月のころ   西行

 敷島のやまと心を人問はば 朝日ににほふ山桜花   本居宣長

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